「・・・もしもし?お〜い、もしもし?!」
無言のあたしに、彼が呼びかける。
涙で喉が詰まって、言葉が出なかった。
「あたしが困ってるのを見るのが、
そんなに面白いの・・・?」
やっと言葉が出た。
「メール、見た?」
「見た。」
2、3秒の沈黙。
「あなた、何か勘違いしてない?」
電話の向こうで、薄ら笑いさえ浮かべているような
彼の声に、すでに怒りは通り越していた。
「だって・・・誰だってあんなメール見たら
心配するに決まってるじゃん!」
「いや・・・俺、この前、屋根から落っこちて、
頭、打ったんですよ。」
「そんなことはもう知ってるよ。」
「で、頭、痛くて、鎮痛剤飲んだら、
何かもう眠くなっちゃって・・・」
「じゃ、寝な!!」
そう吐き捨てて、あたしははっとした。
彼のため息が、電話口から漏れた。
悲しそうな・・・ため息だった。

きっと彼は・・・
自分が本当に「悪いことをした」と思ったとき
素直に「ごめん」と言えないのだ。
そう思われるような場面は、
今までに何度もあったことを、
あたしは思い出した。

「頭痛いの、我慢してちゃよくないよ。
でも、ちょっとでもおかしいって思ったら
病院、行かなきゃダメだよ!」
「でも、そんな余裕ないし・・・」
「それは分かるけど、やっぱり何よりも
命の方が大事だよ!」
「いや、違うよ。」
彼は、妙にハッキリした声で言った。
「人に迷惑をかけないことの方が、大事だよ。」
「それももちろんそうだけど、でもまず
自分をもっと大事にしなきゃ!」
知らず知らずのうちに、あたしは
また、涙声になっていた。
彼は、何だか聞き取りにくいような声で
何やら言っている。
「何?言いたいことがあるなら、
ハッキリ言ってよ!!」
「俺は・・・あなたのことなんて何も
考えてない。他の誰のことも考えていない。
今は自分のことだけ・・・余裕がないんだ。」
彼はまたため息をついた。
「あたしはね、Aさんがそう思ってるなら、
あたしのことなんて何とも思ってないなら
それでも構わない。
だって、あたしが一方的に
Aさんのことを好きなだけなんだから。」
「いや、それは嘘だ。」
「嘘なんかじゃないったら!!」
「どうせみんな・・・嘘つきなんだ・・・」
消え入るように、彼はそう言った。

やっぱり・・・何かあったんだ。
きっと、信じていた「何か」に
彼は裏切られたのだ。
ここ何日かの間に・・・

「遠くに行きたいな・・・」
ぽつりと彼が言った。
「そうだね。やなこともぜーんぶ忘れてさ。」
あたしたそう言って、少し笑ってみた。
「でも、お金ないしなぁ。」
「それはあたしも同じ。
ただでさえ、家賃3か月分、滞納してんのに(笑)」
そう言ってあたしは、声を立てて笑って見せた。
「そうか・・・俺のせいだな。」
しまった。あたしにお金がない、という話は
彼の前では、タブーだった・・・
「やだ、何でAさんのせいになるのよ。
あたしにお金がないのは、あたしの責任だもん。
当たり前じゃん。」
「いや・・・俺のせいだ。」
「だからぁ、違うったら。」
「俺のせいだ・・・」
彼は、そういって聞かない。
「あのね、Aさんは、あたしのことなんか
何にも心配しなくってもいいの!
あたしは、自分自身の意思で、
Aさんを助けたいって思ってるんだから。
あたしの大事な人だもん。」
「・・・ありがとう。」
かすれていたけど、ハッキリ聞き取れる声だった。
その言葉を聞いたとき、あたしの心はもう、
完全に、彼のことを許していた。

「元気になったな。」
「え?」
突然、何の脈絡もなく出てきた彼の言葉に
どう返事をしていいのか分からなかった。
「初めて会った時よりも、
ずっと元気になったよ・・・」
「そう?じゃ、それはAさんのおかげだよ。」
彼は黙っていた。
「あの頃ね、あたし、いろいろつらいことがあって
いつもそれから逃げてたんだ。
でもね、Aさんに会って、
Aさんが今までに経験したことを
いろいろ聞いて、あたしも
『つらいことから逃げずに、
ちゃんとそれに立ち向かっていこう!』って
心に決めたんだ。
きっと、Aさんに出会ってなかったら、
今のあたしは、ここにいないと思う。」
いつもだったら、「いや、それは気のせいだ。」
なんて言いそうな彼だが、何も言わなかった。
「あたしだってこんなに頑張れるんだからさ、
Aさんならきっと大丈夫だって!!
それにさ、Aさんには、
Aさんを必要としている人がたくさんいるじゃん。
少なくともここに一人いるんだし(笑)
だから、もっともっと自分を大事にして、
頑張っていこうよ。あたしも頑張るから!」
不思議だった。
彼相手に、ここまですんなり言葉が出てくるのは
正直、初めてだった。
「・・・ありがとな。」
その一言だけで、あたしは嬉しかった。

何故、あたしはこの人を好きになったのか。
今まで、絶対的な年下好みで、
年上には目もくれなかった自分。
ここへ来て、急に好みが変わったのかな・・・
そうとも思ったけど、でもそうじゃなかった。
「『も〜、子ったら、あたしがいないと
てんでダメなんだから。
あたしが守ってあげなきゃ!』という
想いに弱い」・・・昔も今も
あたしはそのまんまだ。

もう、Aさんったら、いい年こいて
あたしがいないと、
何にも出来やしないんだから・・・

夢とうつつの狭間で、あたしは
そうつぶやいた。

(Fin)

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