なかなか寝付かれなかった。
何度も寝返りを打った。
最近、ほとんど徹夜みたいな状態だったから
いざ、寝ようとすると、眠れない。
ベッドの下に、携帯電話が置いてある。
今夜は、着信音をバイブレーターにして
充電器の上に立てておいてある。
その携帯が音を立てたのさえ、
気が付いてしまうほど、あたしは眠れてなかった。

ベッドのはしごを降り、携帯を手にとる。
メールだ。
夜中の3時前。
こんな時間にメールしてくる人なんて、
彼以外に考えられなかった。
ベッドの上に戻り、メールを開く。

「最近、頑張ってるみたいだね。
俺なんかもうダメみたい。」

以前だったら、
あの人らしくない、なんて思ってたけど
最近は、こんな彼の弱気な台詞にも
すっかり慣れっこになってしまった。
「あたしがこんなに頑張れるのは
Aさんのおかげだ。だから
そんな弱気なこと言わないでほしい。」
と返事をしたが、よほど疲れているらしい。

「一人でどこか旅行に行きたいな。」

旅行好きの彼のことだ。
こういうつらい状況だからこそ
どこか遠くへ行きたい気持ちになるのだろう。
これだけの逆境に耐えてきたのだ。
たまにはいいだろう。
すべてを忘れて。
ぜ〜んぶ、うっちゃらかして・・・

「余裕があればね。
この2ヶ月で、金銭的・社会的・精神的に
なんにもナイから。」

金銭的・社会的には、
あたしも、どうしてあげることも出来なかった。
せめて、精神的な支えに
なってあげられたら・・・と思っていたけど、
結局、あたしにはそれさえ
出来なかったのだ・・・

・・・あたしは結局、何もしてあげられなかった。

「ありがとう。さよなら。」

もう、彼の「さよなら。」には
悲しい感情さえ抱かなかった。
むしろ、うっとおしく感じる。
「さよなら。」と言っておきながら
彼はあたしから離れていく気なんかないのだ。
ただ、「さよなら。」といって
あたしが追いかけてくるのを待っているだけだ。
何て素直じゃないんだろう!
そう思いながらも、あたしは
「どうして、さよなら、なんて言うの?」
と、(恐らく彼の計算どおりに)聞く。

「この電話帳に残ってる最後の人だから・・・
お別れを言いたくて・・・」

まさか・・・本当だろうか。
もし、これが嘘でなければ、
彼はかなり、精神的にやられている。
彼には、男女限らず、友達がたくさんいた。
当然、携帯のメモリは、あたしのそれと
比較にならないほどの量だったと思う。
それだけあったメモリが、
今や、あたし一人になっているのだ。

間違いない。
きっと、ここ2、3日で
彼の身に、何か「人を信じられなくなる」事件が
起こったんだ!!
つい3、4日前までは、
あんなに元気だったんだもの!

彼は、携帯のメモリから・・・
それはつまり自分自身の中から。
すべての存在を消し去ろうとした。
だけど・・・あたしの存在だけ、
消すことが出来なかったのだ。
そう思うと、あたしは彼に逢いたくなった。
今すぐ、彼のそばに飛んでいって、
抱きしめてあげたかった。
「あなたには、あたしがいる!」ということを
身をもって、感じさせてあげたかった。
でも彼は、車、ないし、お金もないから
逢えない、という。
確かに、この時間では電車はない。
しかしあたしは、歩いてでも行くつもりでいた。
彼が動けなくても、あたしは大丈夫!
ベッドから跳ね起き、急いで着替え、
家を出ようとした。
その時、メールが届いた。
それを見た瞬間・・・
あたしはもう、生きた心地がしなかった。

「一人がいい。なんか眠い。
沢山薬飲み過ぎたかなー。
じゃ、頑張れよ。」

・・・眠い・・・薬!!?
十分、あり得ることだ。
過去に2度の自殺未遂。
そんな彼の話を思い出した。
2度あることは、3度ある・・・!!

慌てて、彼に電話をする。
・・・ダメだ。すぐに切れてしまう。
2度・・・3度・・・
彼は・・・出ない。

・・・助けなきゃ!
あの人を助けてあげられるのは
ホントに・・・ホントにあたししかいない!!
もう、迷っている暇はなかった。

「・・・はい、110番です。」
「もしもし!?あたしの大事な人が
自殺するかもしれないんです!
あたし、どうしたらいいのか分からなくて・・・」
「・・・分かりました。
まず、どちらへ向かえばいいか教えて下さい。」
「それが・・・あたし、携帯の番号しか
知らなくて・・・」
「そうですか・・・で、どうしてその人が
自殺するかもしれないって思ったの?」

あたしは、これまでに彼の身に降りかかった
災難のこと、そしてさっきまでの
メールのやり取りをすべて話した。

「・・・なるほど。メールでしか
話していないんですね。じゃぁ、
今、その人がどこにいるのかも、
分からないわけだ・・・電話にも出ないんだね。
分かりました。それじゃ、その人の
名前と年齢と、携帯の番号を教えてもらえますか?
そして、こちらで何かあったら
すぐに警察官があなたのところに向かいますから
その、メールの内容なども確認させて下さい。」

あたしは、彼の名前と年齢、電話番号と
自分の名前、住所、電話番号を
110番の担当員に告げ電話を切り、
玄関の前に立ち尽くしていた。
夜風が寒かった。
携帯を握り締める手も冷たかった・・・

(第2章に続く)

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